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「うちは大丈夫」が一番怖い? 経営者が知っておくべき、職場ハラスメント対策のリアル
職場でのハラスメント。 この言葉を聞いて、「またその話か」「うちはアットホームだから関係ない」と思われた経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
けれど、ハラスメントは決して遠い世界の話ではなく、働く人の尊厳を傷つける許されない行為です。 さらに言えば、ひとたび問題が起きれば、これまで積み上げてきた企業の社会的信用が一瞬で崩れ去り、経営の根幹を揺るがしかねない。そんな時限爆弾のような側面も持っています。
特に近年は「パワーハラスメント」「セクシュアルハラスメント」、そして「妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」への法整備が急速に進み、企業側には厳しい防止措置が義務付けられています。
今回は、私たち社労士が見ている現場のリアルな実態と、会社を守るために最低限知っておくべき「義務」、そして経営への影響についてお話しします。 これは単なるリスク管理の話ではありません。企業の未来を守るための、必須の経営課題なのです。
1. 減らない「紛争」と、見えにくいリスクの実態
ハラスメントは、経営者が想像する以上に「経営リスク」と隣り合わせです。
厚生労働省の最新調査(令和5年度)を見てみましょう。 過去3年間に勤務先でパワハラを経験した労働者は19.3%。およそ5人に1人が被害にあっている計算になります。 前回の調査と比べれば数値自体は減っていますが、これは「何がハラスメントにあたるか」という認識が浸透してきた結果とも言えるでしょう。
数字の裏にある「火種」
ここで安心してはいけません。注目すべきは「紛争」の数です。 労働局に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、なんと13年連続でトップを独走中。年間で約5.5万件もの事案が、社内では解決できずに公的機関へ持ち込まれています。
これはどういうことか。 社内での発生件数が減っているように見えても、一度起きてしまうと当事者同士ではどうにもならず、外部を巻き込んだ大きなトラブルに発展しやすいということです。
さらに最近、新たな頭痛の種となっているのが「カスタマーハラスメント(カスハラ)」です。 顧客や取引先からの理不尽な要求や著しい迷惑行為。調査ではカスハラの経験率が10.8%に上り、セクハラの6.3%を上回る結果となりました。
ハラスメントが起きると、被害を受けた社員がメンタル不調で休職・退職してしまうだけでは終わりません。 そこから連鎖的に、経営を苦しめる損失が発生します。
弁護士費用や解決金など、外部紛争化による金銭的・時間的コスト
職場の空気が悪化することによる、全体的な生産性の低下
「ブラック企業」というレッテルを貼られ、人が採用できなくなる
これらは、決算書には載らない「見えないコスト」。 ハラスメント対策は、マナー向上のためだけでなく、こうした損失を未然に防ぐための投資だと捉えてみてください。
2. 知らなかったでは済まされない「事業主の義務」
「気をつけてはいるけれど、具体的に何をすればいいの?」そう迷われる方も多いですが、実は各種ハラスメントへの対応は、企業の努力目標ではなく法律で定められた義務です。
事業主には、以下のような防止措置義務が課せられています。
ハラスメントの種類概要と義務化の背景
パワーハラスメント
労働施策総合推進法職場での優越的な関係を背景に、業務の適正範囲を超えた言動で就業環境が害されないよう措置を講じること。(中小企業も2022年4月から完全義務化)
セクシュアルハラスメント
男女雇用機会均等法性的な言動により労働者が不利益を受けたり、就業環境が害されたりしないよう措置を講じること。(1999年から義務化)
妊娠・出産・育児休業等ハラスメント
男女雇用機会均等法 / 育児・介護休業法妊娠・出産や、育児休業等の制度利用に関する言動で就業環境が害されないよう措置を講じること。
これらは、企業が法的な責任を問われないための最低ライン、いわば「守りの土台」です。規模の大小に関わらず、事業主はこれらの措置を必ず講じなければなりません。
3. 「対応のまずさ」が命取りに。裁判例に見る厳しい現実
ハラスメント事案において、もっとも恐ろしいのは「使用者責任(民法715条)」です。行為者本人だけでなく、会社も責任を負うことになります。
実際の裁判例を見ていると、ある傾向に気づきます。 それは、ハラスメント行為そのものの違法性もさることながら、「会社が適切な事後対応を行わなかったこと」に対して、厳しい目が向けられているという点です。
誤った対応が招いた、3,000万円の賠償
典型的な事例をご紹介しましょう。 ある企業で、上司によるセクハラ行為がありました。被害者は会社に相談しましたが、会社側は十分な調査を行わず、あろうことか「会社に訴えたこと」を理由に、被害者を降格・減給処分にしてしまったのです。
結果、どうなったか。 裁判所は会社と行為者に対し、合計約3,000万円という高額な損害賠償を命じました。
この判決で厳しく問われたのは、ハラスメント行為そのものに加え、会社としての「相談への対応義務違反」や「不利益取扱いの禁止違反」です。 「臭いものに蓋」をするような対応や、被害者を厄介者扱いするような態度は、司法の場では通用しません。むしろ悪質性が高いと判断され、賠償額が跳ね上がることさえあります。
ハラスメントへの不適切な対応は、もはや社内の揉め事ではなく、重大なコンプライアンス違反なのです。
4. 今日からできる、4つの具体的アクション
では、具体的に何をすべきなのか。 厚生労働大臣の指針では、事業主が講ずべき措置として、大きく「4つの柱」が定められています。
① 方針を明確にし、声を大にして伝える 「ハラスメントは許しません」「違反者は厳正に処分します」 こうした方針を就業規則などの文書にはっきりと明記し、管理職を含む全従業員に周知・啓発します。トップの姿勢を示すことが、何よりの抑止力になります。
② 「駆け込み寺」を作る(相談体制の整備) 相談窓口をあらかじめ決めて周知します。 大事なのは「担当者のスキル」です。被害者は恐怖や恥ずかしさで萎縮しています。「これはハラスメントかな?」と迷うような段階でも広く相談を受け付け、安心して話せる体制を整える必要があります。
③ 起きてしまったら、素早く動く
万が一事案が発生したら、事実関係を迅速かつ正確に確認すること。 事実であれば、被害者への配慮と、行為者への適正な処分を速やかに行います。そして、再発防止策を改めて周知するまでがセットです。
④ プライバシーを守り、報復を許さない
相談者や行為者のプライバシー(性的指向、性自認、病歴、不妊治療などのデリケートな情報)は徹底して守る必要があります。また、「相談したから」といって不利益な扱いをすることは絶対に禁止し、そのことも周知してください。
5. ハラスメント対策は「守り」から「攻め」へ
ここまで厳しい話もしましたが、ハラスメント対策を徹底することは、法的義務やリスク回避のためだけではありません。 実は、経営的なメリットを生み出す「攻め」の戦略にもなり得るのです。
対策に本気で取り組むと、職場の空気が変わります。 「それは言い過ぎですよ」「ちょっと今の表現、まずいかも」と、互いに気兼ねなく言い合える関係性ができれば、風通しは格段に良くなる。
その結果、どうなるでしょうか。
離職率が下がり、社員が定着する(年間10名離職していた企業が改善した事例もあります)
人手不足倒産のリスクを回避できる
従業員の生産性が上がり、会社全体の業績アップにつながる
帝国データバンクの調査では、人手不足による倒産が過去最多を記録しています。 今や、ハラスメント対策による職場環境の改善は、もっとも確実で効果的な「人材確保策」の一つと言えるのではないでしょうか。
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まとめ:その悩み、専門家と一緒に解決しませんか?
ハラスメント対策と一口に言っても、就業規則の改定から相談窓口の設置、研修の実施まで、やるべきことは山積みです。
「何から手をつければよいかわからない」 「今の規定で本当に守れるのか不安だ」
そんな経営者様や担当者様は、ぜひ当事務所までご相談ください。 貴社の実情に合わせ、形だけではない「実効性のある」体制づくりを全力でサポートいたします。

